福祉の歴史
社会福祉の歴史
「社会福祉」という言葉が登場するようになった歴史は新しく、戦後日本国憲法が公布されてからのことです。
日本国憲法の第25条には「健康で文化的な最低限度の生活」をする権利をすべての国民が有することとなっています。
この条文の権利を「生存権」といいますが、現在国家や地方自治体で行われている社会福祉政策はすべてこの条文を根拠に進められているのです。
現在日本国内で社会福祉のために整備されている法律としては、生活保護法、児童福祉法、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、老人福祉法、母子及び寡婦福祉法となっており、これらを合わせて「福祉六法」と総称しています。
なぜ社会福祉という概念や制度がこんなにも新しく登場したのかというと、それは戦後に急速に進んだ旧日本型のコミュニティの解体が大きな理由となっています。
日本は歴史的にみて、かなり地域ごとの住民同士が強いコミュニティで結びついた社会形態となっていたため、その土地で起きたことはその土地の中で解決していくというふうに自然に多くの人に思われてきました。
これは農耕によって生活基盤が整えられてきたという産業構造が大きく関係しており、田植えや稲刈りのような人手が必要な時期には、ムラの中でそれぞれ協力しあうように仕事をしていくように、何か困ったことがあったらムラ全体で面倒をみるという共同体意識が強く持たれていたためです。
戦後の日本
ですが戦争によって農業中心の産業構造が崩れ工業中心の社会構造になっていくことで、地域密着型の生活スタイルは崩れてゆき、それが戦後欧米的な習慣が一般的になっていったことにより、そもそもの家族という単位も非常に小さなものになっていきました。
つまり以前までは、高齢者や障害者などが身内にいるような場合は同居する3~4世代の家族や近所の人が面倒をみるというふうになっていたところ、核家族化が進むことでとても家族だけで介護を行うことができなくなってしまったのです。
そこで、それら小さな単位の家族への援助という形で登場したのが社会全体で福祉を行っていこうという考え方でした。
現在では再び地域密着のコミュニティ機能を見直すとともに、政治的な政策によりそれら介護が必要な人に対しての救済措置がとれるようなしくみが整えられています。
町内会や自治会といった地域ごとにお互いに助け合える場所を作りあっていきながら、ボランティア活動や自治体職員の活動がそれを手助けするという、新しい社会福祉のための仕組みが日々作られています。